飯田一生

1980年11月、千葉県館山市生まれ

1999年4月、建築設備業(空調設備・給排水衛生設備・修理、保守管理)の会社に入社。在籍中は、現場監督・営業職・社内経理等を担当。専門技術者として経験を積む。

2010年4月、民間の社会教育団体に入所。前職の経験を活かしつつ、”心の働かせ方”について学ぶ。さらに、「心の働かせ方・考え方」に関するセミナーを全国約1,200会場、講師として経験する。同時に、企業向け情報誌の執筆や経営者を対象に心の経営指導にも従事した。

2017年6月、これまでの経験を活かしつつ、多

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一悟術メールマガジン 2018.11.15号(抜粋)

一悟術会員向けメールマガジンに、「一悟術能力者インタビュー」が掲載されることになりました!連続7回のうち、第1回目となる今号は…「ヒーリングを受けた経緯」について記載されています。今後も配信されるたびに、抜粋記事を投稿していく予定です(*^ω^*)よろしくお願いします‼︎━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■一悟術メールマガジン          2018.11.15 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  ●---------------------------------------------------- ■一悟術能力者インタビュー  今回は飯田一生さんへのインタビューです。 連続7回のうち第1回となる今号は、ヒーリングを受けた経緯について語ってくれています。 ------------------------------------------------------ 飯田一生 ヒーラー 神奈川県在住 活動開始2017年6月 https://nextstage-iida.amebaownd.com/ ------------------------------------------------------ 
・一悟術ヒーリングを知ったのはどんなキッカケでした? 後に結婚相手となる女性(Yさん)との出会いがキッカケでした。 ヒーラーになる前は研究職に就いていたのですが、その職務で九州担当となった際に参加した大きな懇親会で、数百名を相手にお酌に回っていた中で名刺交換をしました。なので、会話どころではなく、見かけたというレベルに近いです。 ちゃんと会ったのはその2ヶ月後のことで、2014年11月のことでした。 当時、民間の社会教育団体において、自分は法人部門所属の研究員として、全国約6万社の法人会員(経営者)の方々を相手にお仕事をさせていただいていました。主に、研究した内容をセミナーでお話しさせていただいたり、個人面談をしたりというものです。 そんな中で、熊本の会で研修会があり、私が講師として研修を提供していたところにYさんが参加していました。研修後の懇親会で改めて話をしました。 『株式会社今を生きる人』という一般的とは思えない名前に興味を持ちましたが、Yさんは経営者ではなく事務方ということで、あまり会社の話にはなりませんでした。 が、懇親会後もYさんと話が盛り上がり、気になり始めたので、まずは会社名を調べたところ、ホームページで『一悟術』という文字を目にしたのが最初だと思います。 しかし、ホームページの内容がよくわからず、『一悟術』というキーワードで検索し、出てきたページを片っ端から読んでいきました。研究職のサガですかね(笑。 「こんな効果があって、こういう人に望まれていて、こういう人に向いている。・・、そうなんだ 。」 「何が得られるのかな・・・、そうなんだ。」 「どんなヒーラーがいるんだろう・・。 いっぱいいるな・・・」  と、こんな感じでした。 それでも、正直よくわかりませんでした。 
というのも、提供者たちのホームページ内容の幅があまりにも広くて(笑)。 よく更新している人もいれば、全く更新されていない人もいましたし、 わかりやすい内容の方もいれば、全然意味がわからない方もいましたし(笑)。 ニューヨークで活動されている方もいらっしゃって、組織的なすごさを感じました。 調べる手立てがインターネットしかないと思ったので、後は直接尋ねるしか方法がないと思っていたら、書籍が出ているじゃないですか。 一悟術の方の書籍は全部買って読みました。 職業柄、研究対象みたいな感じです。 この時は、「ああ、こんな人たちがいるんだ、へ~」という程度でした。  (インタビュアー:永田雅宏) ●----------------------------------------------------  ●(出典「一悟術メールマガジン 2018.11.15号」https://www.ichigojyutsu.com/)※「一悟術メールマガジン」は無料登録にて配信されています。興味がある方は、下記HPから無料登録をしてみてください。

存在価値や、働きの意味に、疑問を感じた時の脱却方法 〜創造力をヒントにして〜

「自分は一体何のためにこの場所に存在し、働いているのだろうか…。」この種の疑問を持つ時、日常生活や職場環境上での危険信号が点灯したと考えてもいいかもしれません。さらに新鮮味のない日々の繰り返しが、生命の存在価値や、働きにまつわる意味を我々に考えさせるとも捉えることができそうです。また、現在オートメーション化された時代において、人間が機械の一部のように動くことで、自らの能力を発揮させる場所がないとの見方もできます。すると、先述した疑問がより強く浮かび上がってきます。こうした考え方は“個性”をなくすだけでなく、精神的疲労が蓄積される原因としても考えられます。こうしたネガティブな感情を転換させるひとつとして、私たちに備わっている創造力を伸ばすことに注目してみてはいかがでしょうか。はじめに私たち人間には他の動物たちと違い、物事をさまざまな角度から見ることができる力を持っています。さらに、大きなものを創造する力(創造力)も備わっていることについては、多くの方々が認識していることでしょう。だからこそ人類は、現在の文明社会を築き上げることができたと理解することができます。しかし、あまりにも便利すぎる世の中で、我々の創造力は希薄になり、生きる喜び(生きがい)を感じることができない状態に陥り、与えられることが当たり前と考えている側面があるのではないでしょうか。そうした与えられるだけの生活を続けていくことで、働きを通した喜びを感じることが難しくなるだけでなく、自分自身の成長や進歩を感じることが少ない生活へと繋がりやすくなる可能性があります。そのひとつのが「上手くいかないことがあると、自分以外の誰かのせいにしてしまう」という現象です。一般的には望ましくない現象のひとつですが、このように感じた時こそ、自己改善の道筋を歩むチャンスがきたのだと、考え方の転換をしてみてはいかがでしょうか。今回は創造力と喜び(生きがい)の関連について展開していきます。さらにどうすれば創造力が開発されるのかについても触れていきたいと思います。1、捉われる心を捨てる私たちは固定観念に縛られていることが多いです。一度こうと思い込むと、なかなかその意識から脱けだすことができないと感じたことがある方は多くいるのではないでしょうか。この考えが新しいものを産み出す障害になっています。こうした意識に囚われている心を捨て、心の柔軟性を養うことで、新たな気づきを得て、自らの心にも落とし込みやすくなります。例えば 「50円持っていき、35円の買い物をしたところ、お釣りを5円しかもらわなかった。なぜでしょう?」 ひとつのクイズとして取り上げたものですが、どのように回答されますか。ちょっとした引っ掛け問題で、人間の囚われる心を逆手に取った質問です。多くの方は“50円”と聞くと、“50円玉”をイメージすることが多く、そうなればお釣りは“15円”という発想になります。しかし、50円は10円玉5つでも50円です。会計時に40円を出して、5円が返ってくるのは当たり前のことですから、不思議なことはありません。少し意地の悪い問題ですが、柔軟な見方、考え方からいろいろな発想が出てくることを捉えておきたいものです。こういった創造性を開発するためには、自分の心の中でいつの間にか作り上げてしまった制限の中でしか動けない状態にあることを認識し、その制限から何とか脱し、新しい分野に出て行こうとする考え方がポイントです。その考え方の基にあるのが“自由”という言葉の認識です。日常的に使われる“自由”という言葉の定義を確認しておきます。自由【じゆう】…他からの制限や束縛を受けず、自分の意思・感情に従って行動すること。またその様子
(『新明解国語辞典第6版』) つまり「自由」とは様々なものから制限されずに、思いのままに思ったことや、信じていることを発するような状態と言えるでしょう。今回取り上げた“自由”とは、私たちを縛り付けているものからの脱却を図る道筋といってもいいかもしれません。しかし無茶苦茶な理屈を掲げて、自分勝手に行動してくださいと提唱しているのではありません。先述した“自由”の定義に「自分の意思・感情に従って行動する」とあるように、心の奥深くにある“意思・感情”を取り出して行動することで、純粋無垢な心に帰ることをいっているのです。素直にそのものを受け入れる姿勢に立ち返り、食物に対しても、住宅や衣服においても、ただただその環境を“感謝”して受け入れることが大切です。反対に、目の前に与えられたものに対して、嫌がり、恐れ、怠け、不足不満の感情を周囲に表すことは“わがまま”な態度として、周囲に不快な思いをさせてしまうことになるでしょう。目の前にやってきたものごとを〈嫌だな…〉と思うと同時に、よい考えは浮かばなくなります。すると物事はうまく運ばないばかりか、実に困った現象を引き寄せる結果になってしまうのです。逆境の時こそ、ものごとをそのまま受け入れ、創意工夫を凝らしていくこと、これまでになかった新たな発想に恵まれ、アイディアが閃くことでしょう。 2、失敗を活かす 多くの成功体験者からは「あの時の失敗があったから」「あの時の苦労があったから」という言葉が口を揃えたかのように出てきます。日常生活においても、失敗をせずに生きぬくことは不可能と言えるでしょう。新しいことに挑戦すると、失敗がついてまわるのは当然かもしれませんが、日常的にやり慣れた業務や行動の中においても、大きな落とし穴が潜んでいることに注意しなくてはなりません。昔から「失敗は成功の母」といわれるように、失敗してもその原因を追求したり、欠点を反省して改善していくことで成功に近づくことができるとの意味あいで、多くの方々に知られているでしょう。しかし、必ずしもそうとはいえません。というのも、これまで出会った人の中には、いつも同じ失敗をする人もいれば、失敗するたびに成長する人もいたことでしょう。あるいは自分自身のこれまでの生活を振り返った時に、同じ失敗を何度も繰り返してしまうことや、失敗をしなければ手にすることができなかった成功体験もあるのではないでしょうか。失敗はただ経験すればいいというわけではありません。失敗を活かすような考え方や行動をしなければ、成功体験に転換されないのです。当たり前の事かもしれませんが、全ては本人の心がけ次第と言えるでしょう。しかし、失敗した直後の精神状態では、当たり前のことが当たり前に出来なくなってしまうことも多いです。その原因は、失敗したことで湧き上がってくる不安定な感情にあります。この感情のまま先へ先へと突き進み、“意地”や“根性”といった精神論で対応すると本当の成功にはたどり着けなくなってしまいます。なぜなら、たとえ処理し終えたとしても、私たちの心の中には「わだかまり」という形で“シコリ”が残り、同じような状況がやってきた時に、また同じような失敗をする可能性がでてくるからです。このような状況を引き起こさないためにも、失敗したらその都度、物事を整理して考ておく癖を身につけておきたいものです。3、原因の追究と積極心1943年からマックス・プランク石炭研究所の所長を務めたカール・チーグラー氏の話です。ある仕事をしている時に、容器に不純物が付着して困らされたことがあったそうです。その不純物をなんとか取り除く事はできないかと考えたチーグラー氏は、その不純物について徹底的に調べ尽くします。するとその不純物が、“ポリエチレン”であることがわかったのです。当時ポリエチレンの生産はイギリスのI.C.I社が1939年に工業化しましたが、そのプロセスは高温・高圧を条件とする極めて高コストの生産プロセスであり、しかも剛性が低く、使い勝手の悪い低密度のポリエチレンであったといいます。チーグラー氏は、発見したポリエチレンの研究を重ね続け、「ポリエチレン製造用触媒(チーグラー触媒)」を発見するに至りました。この発見により高温・高圧プロセスで低密度だったものが、常温常圧化かつ高分子で生成することができるようになったのです。そして今日私たちの日常で使用されているポリエチレンに繋がっていたと思うと感慨深いものがあります。また1956年に来日した際の講演の中で「新しい発見は合成樹脂の調査や研究について何の設備もない研究所で偶然に起こった」と語っていたと言われています。チーグラー氏の姿勢や態度は、創造に必要なものといえるでしょう。現象化した不祥事を困ったものだと嫌がり、逃げていたのでは何の発見も発明もなかったかもしれません。さらに氏が語った“偶然”という言葉には、思いがけない出来事として率直な感想だと感じさせますが、必然的に結果を引き寄せたと捉えることもできます。必然的に結果を引き寄せるには、中心者となる人物の心の根底にある積極的な姿勢、旺盛な好奇心と深い認知力、洞察力に富んでいることが求められるようですが、最も大切なことは、決して諦めない姿勢にあるのかもしれません。最後に先人に「創造は、失敗の連続を経て生まれるが、失敗の連続を乗り越えるものは何か。それは執着である。」という言葉を残した博士がいます。“執着”という言葉には「そのものだけを思い続けて忘れられない」との意味があります。それを良い方に捉えれば、ひとつの物事に集中して取り組み続けることとしてみることができます。逆に反対の悪い方向に考え続けてしまうと、思い悩む傾向に発展してしまうので注意せねばなりません。そして、最後に押さえておくべき点として“創造は、失敗の連続を経て生まれる”という部分です。日常生活や職場生活で失敗と感じる事柄を決して失敗だけで終わらせてはならないのです。新しいステージにランクアップするために現れた現象だと、前向きに心を転換し、 “原因究明”と“改善策”を思案することから始めてみてはいかがでしょうか。こうした分析を通して、これまで気がつかなかったものに焦点が当てられ、創造的に物事を進めていくことが可能となります。そしてその行動が〈楽しい〉〈面白い〉と感じられるようになった時、喜びが生まれ、生きがいに変わっていくことでしょう。どんなに小さな発想や閃きでも、行動に移した時が成長のチャンスです。決して逃すことなく、挑戦し続けていくことをやめずに歩みを進めていただきたい。すると おのずと“創造力”が開発されていくことでしょう。

「苦しい」「難しい」と感じる思いから脱却する方法

私たちは「苦しい」「難しい」と感じる出来事に陥ると、気持ちが暗くなって、しょげてしまうことが少なくありません。そして、なんだか人生まで暗くなってしまうような気持ちになってしまい、何をしても面白く無くなってしまうものです。しかし、そのように感じた時が「環境や境遇が切り開かれていく」最高のチャンスなのです。これまでの自分自身から、一歩成長するための分岐点が「苦しい、難しい」と感じている“今”にあります。今回の内容から「苦しい、難しい」と感じる“苦難”をどのように受け止め、ステップアップしていくのかを考えてみてはいかがでしょうか。1、苦難の原因これまでの歴史の中で、苦難は色々な受け止められ方をされてきました。そのなには「宿命だから仕方がない」「神様に与えられた罰」「精神的鍛錬のための試練」という受け止め方もあるようです。戦国時代の武将に山中鹿之助という人物がいます。鹿之助は、しばしば雲の間の三日月に「ねがわくば 我に七難八苦をあたえたまえ」と祈っていたそうです。それを見ていた人が、「何も苦難を与えてくれなどと祈らなくてもよいのに」というと、「七難八苦に出あって身をためさなければじぶんの力量のほどを知ることができない」と答えたといわれています。七難とは容色の難、つまり七難かくしの意味ではなくて、仏教からきたものです。『法華経』の観世音菩薩普門品弟25によると、火難、水難、風難、刀杖難、鬼難、枷鎖難(手かせ足かせでしばられること)、怨賊難(盗賊などに苦しめられること)ですが、他に『仁王経』や『薬師経』などによって違った種類があげられています。八苦とは、『涅槃経』12によりますと、生苦、労苦、病苦、死苦(これまでが四苦)、愛別離苦(親愛する者と離別する苦)、怨憎会苦〔おんぞうえく〕(憎悪する者と会合する苦)、求不得苦〔ぐふとくく〕(求め欲するものを得ることができない苦)、五盛陰苦〔ごじょうおんく〕(五陰とは心身のすべてをいい、心身がさかんに成長するにつれてうける苦)のことです。要するに七難八苦とはたくさんの苦難という意味となります。大切なことは苦難を嫌い、仕方がないと諦めてしまうことや、試練として耐え忍ぶことも、苦難に対する正しい態度ではないと考えられていることです。三日月に祈ったという戦国武将・山中鹿之助の勇気ある態度も素晴らしいことですが、別の観点から、より積極的な苦難の意義を見つめていくべきでしょう。なぜならば、すべてが消極的な受け止め方になってしまうからです。「攻撃は最大の防御」といわれるように、相手の攻撃に対して消極的になり、なすすべもなく相手の打つままに身をまかせていたらどうでしょう。立ち上がるチャンスを逃し、相手に打ち負かされるのが関の山です。人はだれしも大なり小なり苦難やピンチに押し流されるか、逆にその苦難やピンチに果敢に挑戦し、そこから前途を力強く拓くかによって、人生は大きく違ってきます。世に名をなし、功を遂げた人の伝記を読み進め、言葉を交わすと、彼らのそのすべてが苦難やピンチを飛躍のバネにしている人たちだったといっても過言ではありません。自分にふりかかってきた苦難に対して、それが起こるだけの確かな原因があり、その原因を除きさえすれば苦難は解決されるばかりか、これまでにない幸福を引き寄せることができるのです。人生上の苦難は、行動する人の心意が原因となって起こっているのです。2、原因を捉える起きている苦難の原因は、大きく分けて二つあると考えられます。ひとつは自分のわがままや不自然な生活に原因があるもの。これは自分自身のことなので、心の持ち方や生活態度を改めることで解決できます。そしてもうひとつは、自分ではどうにもならないことです。たとえば、大地震などの災害は自分が原因で起きたわけではありません。しかし拒否したところで何かが変わるわけではなく、受け止めるよりほかはありません。もしそうなった時は「考えたって仕方がない」と気持ちを切り替えて、さあ住み家をどうするかと、明るく手を打つことが最善の策となるでしょう。色々と起こる苦難に対して、原因追求をすることは必要なことです。しかし限度を超えてしまうと、次のステップに進めなくなってしまいます。ここでは「自分でどうにかできる」または「自分ではどうすることもできない」との原因を見極める程度に留めておきましょう。次に必要なことは「これからどういきるか」という前向きな考え方に意識を切り替えていくことが重要になります。3、これからどう生きるか原因を捉えたら、そのものをどのように受け止めるのかが今後の影響を左右していきます。端的に表せば、“明るい心で、喜んで迎える”ことにつきます。私たちが出会う様々な出来事に、温かい心と潤いをそそぎこむことで、解決の糸口を見出し、伸びやかな発展の切り口に変化し、さらには引き締まってくるものです。そして私たちは、人の喜びごとに出会うと、なんとも言えない良い気持ちになることがあります。例えるならば、暗い部屋にいてパッと電灯がついたようなもので、その明るさに包み込まれるから気持ちが和み、安心感を感じるような状態です。日常生活や職場生活において喜びに満ちて働きかけることができれば、機械に油をさしたような状態になるので、物事は案外すんなりと運んでいくようになります。さらに喜びに満ちた状態で人に接することができれば、自身が抱えていた無理難題と感じていた事柄でもタイミングよく解決の糸口を引き寄せやすくなるのです。ひとつひとつの現象を呼び込む心持ちは“喜び”がキーとなります。具体的には「ハイ」と発して、全てを受けきる姿勢を保つことです。どんな困難がやってきても“明るい心で、喜んで迎える”ことをすべての根底において行動してみてはいかがでしょうか。こうした心持ちがすべてのものを産み、育て、伸ばし、進め、成就へと導いてくれる環境へと繋がっていくのです。 4、具体的な行動方法とは 苦難について“明るい心で、喜んで迎える”と提案しましたが、なかなかこのような気持ちにはなれないのが実状でしょう。“明るい心で、喜んで迎える”心持ちになるための、5つの考え方を提案して締めくくりとします。①その災いをそのまま見つめてください現在起きている現象を真正面から見つめてみてください。苦しいようであれば、少し距離をとって、遠くからながめる方法でも有効的です。さらにその物事の大きさを計測したり、分析したりして、できる限り調べ尽くすことが重要です。次にその現象が「自分でどうにかできるもの」なのか、はたまた「自分ではどうすることもできないもの」なのかを考えられるとより良いです。 ②自分の心の状態を確認してください。 私たちは、困難な出来事に直面すると一時的に判断能力が欠如することがあります。そのため、①「その災いをそのまま見つめてください」の災いを見つめたら、次は自分自身の状態を確認してください。自分自身の状態を見直し、判断力をしっかりと保つことが困難解決のヒントを引き寄せる鍵となります。③何らかの形で行動しましょう。直面していた災いを分析することで、複雑に絡まりあった現象がいつしか、ゆるみ、ほどけ、単純なものの集合体であったことがわかってくるでしょう。さらに自分自身を見つめなおすことで「ハッ」と我にかえることに繋がります。先述の①と②を実行することで、今自分がすべきことが次第に見えてきます。その時に見えてきたものを“喜んで迎えて”行動に移してください。そのひとつの行動が解決するためのヒントや閃きを与えてくれるのです。ただこの時点で、辛さゆえに、災いの地点に留めようとする力も同時に働き始めます。それは「こんなことして何になるのか」といった考え方で表れます。もしそうなった場合は、考え込まないよう努め、まずは動き出すことに意識を向けていきましょう。④助けを求めることを恐れないでください。何らかの形で動き出した時から私たちの思考は動き出します。行動しているうちに様々な発想や閃きがやってくるものです。そうした時に背中を押してくれるよき相談者が必要になってきます。その相談者は、夫であり、妻でもあります。また子供のふとした発言がこれまでになかったひらめきを与えてくれることもあるようです。私たちの周りには家族があり、友人や知人、先輩がいることを忘れてはなりません。「あの人に相談しても、意味がないかもしれない」などと考えずに、相談してみてはいかがでしょうか。自らがこれまで経験してこなかったことを経験している人に出会えるチャンスが来たと意識を変えて、出かけてみましょう。多くの情報は、私たちの視野を広げてくれるだけではありません。抱えている困難を打開するきっかけを与えてくれる救世主となり、さらなる発展をもたらしてくれる人財でもあるのです。助けを求めて、相談をすることに動き出しましょう。⑤直面している災いを引き止めてはいけません。動けない理由や、やらない理由などの“言い訳”を考えている時こそ、その現象から抜け出すきっかけがきたと考えてみましょう。私たちはその災いから「抜け出したい」「打開したい」と考えを巡らせたり、行動したりしますが、知らず知らずのうちに変化を遠ざけてしまう潜在的な意識が働くようになっているようです。日常においても自己防衛本能なのか、変化を嫌う性質の強い人を見かけるのもこうした表れかもしれません。何かを手放す時には、どうしても“引き戻そう”としたり“留まろう”とする目には見えない力が働くものです。言い訳が出て来た時こそ変革の分岐点として、その物事を乗り越えていくための行動をしてみてはいかがでしょうか。5、最後に「苦しい」「難しい」と感じる思いから脱却する方法の糸口は“①その災いをそのまま見つめてください”ということから始まり、順番通りに②→③→④→⑤と進めていくことが効果的です。さらに進めていくことで①から⑤の内容が、“☆”を描くように繋がっていくことに気がつかれると思います。順番どおりに結びつかなくてもネットワークのように繋がることで、新たな道筋を示してくれます。諦めずに行動を起こし続けるためにも、意識を切り替えて行動してみてはいかがでしょうか。繰り返し行動を起こすことで困難を打開することはでき、さらなる飛躍への扉が開くことでしょう。

視野を広げることは、成功への第一歩

私たちは普段から“あの人は実に視野の広い人だ”とか“あの上司はどうも視野が狭くて話にならない”と言ったり、思ったりしてしまいます。視野の広い人には好感を抱き、尊敬の念を抱きます。また多くの人が、自然にその人の周りに集まってくる傾向にあるようです。しかし視野の狭い人には嫌悪感を抱き、理解しがたい内容に不信感を抱くことさえあります。そうなると次第に周りから人が離れていき、孤立する傾向にあるのです。私たちは自らの視野のために、どれだけ日常生活の場面で過ちを繰り返しているでしょうか。今回は「視野をひろげよう」とテーマ定めたのは“視野”について認識を深め、視野を広げていくことを念頭に展開していきたいと思います。 1、視野について“視野”という言葉について、いくつか言葉を拾いあげていきます。その前に一般的に言われている“視野”について確認をしておきましょう。

 【視野】…①一定の位置から(目を動かさないで)見える範囲。②〔望遠鏡・顕微鏡などで〕レンズに映って見える範囲③物の考え方などの及ぶ範囲
(『新明解国語辞典第6販』) 辞書的解釈を参考に“一定の位置から見える範囲“とは、日常的に私たちが見ている景色や人物を見ることでしょう。日常会話で活用されている視野については”一定の位置から見える範囲“の意味で使用されると考えられます。そして“レンズに映って見える範囲”では、望遠鏡や顕微鏡などでの表現も加わっていますが、日常生活においてメガネやコンタクトレンズを活用して物を見ている人にとっては、容易に捉えることができる表現でもあります。続いて“物の考え方などの及ぶ範囲”との表記では、実際に見えているもの以外にまで考えが及んでいると考えを深めることができそうです。日常生活において“ラッキー”と思えるような小さな出来事から、思いがけないことが起こる“奇跡”のような出来事は、私たちの“物の考え方などに及ぶ範囲”を参考に深めていくことで、実際に見えている範囲や感じる範囲に拡がりを見せてくれそうです。このことを踏まえて変化を誘発、あるいは阻止する意図を持って人物、組織、国家などの主題の愚かさを暴き、戒めとしての表現を残している“ことわざ”からいくつか抽出していきます。ことわざは、これまでの知識を含み、次世代に言い伝えられてきた簡潔な言葉のことであり、先人たちからのメッセージ(ことわざ)と理解することができます。いくつか“視野”に関するものを取り上げてみましょう。 「木を見て森を見ず」「群盲象を撫ず」「針の穴から天井を覗く」「井の中の蛙大海を知らず」「鹿を追う猟師は山を見ず」とのことわざには、自らの視野の狭さを日常生活の場面場面で考えさせてくれることわざといえるでしょう。そこで今一歩踏み込んで視野について、考えを深めて見ていきたいと思います。1−1肉眼的視野肉眼で捉えることができる視野のことをいい、望遠鏡や双眼鏡や顕微鏡などをつけずに見ることできる視野を指しています。また正常な人の視野角度は、片目で鼻側及び上側で約60度、下側に約70度、耳側に約90度〜100度と言われています。両眼が平面の顔面上にあるため、両目で同時に見える範囲が広い(左右120度)代わりに、両目が顔の左右についている他の動物と比べると視野は広くはないといえるでしょう。その他目視できない角度の範囲を「死角」と呼ばれ、実際生活においても活用している言葉としても知られています。1−2知識眼的視野知識眼には、間口と奥行きの問題が考えられます。世に言われる博学と言われる人は、学問的知識の範囲が広く、人の知らないようなことをなんでも詳しく知っている人のことを指しています。また博識との表現をされる人は、知識・雑学の範囲が非常に広く、人の知らないようなことをなんでもよく知っている人を指しています。間口も広いが、奥行きも実に深いというオールマイティな人は、そうザラにいるわけではありません。しかし一点集中することによって、奥行きを深くすることは、自然と間口を広げることにもなるようです。また円満性や、抱擁力も自然と備わってくるということが、真に深めることとなるでしょう。突き詰めると知識的視野だけでは、非常に偏りが生じやすく、限界を感じやすいということも否めないところです。1− 3心眼的視野心眼は、物事を見極める鋭い心の働きのことを指しています。本質的には、肉眼や知識眼のように死角があると考えられるでしょう。そしてこの心眼は、自らの心の状態によって広くもなり、狭くもなります。場合によっては全く機能することがないという現象にも陥ってしまうことがあり、捉えることが非常に難しいと感じている人もいることでしょう。2、視野を広げる私たちが日常的に見ている風景や景色は、肉眼によるものがほとんどといってもよいでしょう。さらにその視野に入り込んできたものを、これまでの知識や経験によって判断し、分別している作業が知識眼と捉えることがでます。また肉眼に映った風景や景色などから、これまでの知識や経験が発動することなく、通り過ぎるだけの情報も数多くあります。それは私たちの記憶には残らないものとして分類されるでしょう。つまり“肉眼力”と“知識眼力”だけでは、狭い視野内での処理にすぎないのです。さらに今後の生活において、視野を狭めてしまう可能性もあるということです。 では“視野を広げる”ためにはどうしたらいいのでしょうか。それには“心眼力”に意識を持つことです。いろいろな情報が飛び交う社会で生きている私たちにとって、心眼力を高めることは、肉眼力や知識眼力を底上げし、視野を拡げてくれる方法として考えられます。以下は、心眼力を高める方法の一部を紹介していきます。それは気づきのレベルを上げることにもなります。試しやすいものから意識的に取り組んでみてはいかがでしょうか。2−1人の話を虚心によくきく虚心とは、先入観や偏見をもたず、ありのままを素直に受け入れることで、心のわだかまりを持たないことを言います。理解しているつもりでもなかなかできない行動には相手を否定し、拒絶をしたりする心の状態が現れています。また、日常生活上や社会生活上で相手の話に結論を急ぎ、話の途中で自分の意見を挟む行為も“虚心によくきく”行動とは程遠いものとなるでしょう。まずは話をしっかりと聴くところに、私たちの視野は広がりを見せてくれます。たとえその話題が知っていることだとしても、若干の違いがあります。その違いを見いだすことができた時、私たちの知識が広がるだけでなく、抱えている問題に対しての糸口を見いだすヒントになることでしょう。2−2 進んで教えをきく私たちが生活をしている日常には、知っている“つもり”の物事が多くあります。様々なことを調べ、理解し、扱っていくことは理解しているつもりであっても、効率を求め、成果を出す方法はひとつということはありません。「この方法が一番いい」「成功法則はこれだ」と自ら信じているものを、一度疑ってみてはいかがでしょうか。私たちの周囲には、多くの人がいます。その一人一人に歴史があり、経験があり、挫折があったはずです。そうした人生の先輩たちに質問をすることは、自らの可能性と視野を拡げてくれます。少しでも疑問に感じたことは訊く。この行動は決して恥ずかしいことではありません。訊くことによって、相手の話を謙虚に聴く私たちの心の状態は、素直そのものなのです。そうした純情無垢な素直な心持ちの人は、大きく自分を変革させていくことが可能となります。進んで人に教えを乞うことは、今まで触れることのできなかった世界への扉を開く鍵になります。積極的に自ら動き、可能性を秘めた扉を押し開いてみてはいかがでしょうか。2−3自然の偉大さに、深く心を触れるここで注目したいことは“自然の偉大さに触れること”です。私たちは何もかもを支配したような気になっていないでしょうか。山を切り開き、コンクリートで固め尽くし、アスファルトで整備された道を走り、人工的に作られたビルで働き、食事をしたりする。人間は全てをコントロールしているように捉えられるかもしれません。しかし、そうではないのです。雄大に広がる大自然は、相反する振り子のように働く性質を持っています。我々にはどうすることのできない天変地異なども自然の脅威のひとつとして捉えると、自然現象は怖れ嫌うものと感じるかもしれません。しかし自然は畏れ敬うものとして意識を向けていただきたいのです。なぜならば大自然は、私たちにこれまでにない“気づき”をあたえてくれるものだからです。時として遠方の山や滝、海や川に出かけ、自然の偉大さに感動し、心が洗われたようだと体験することも自然の偉大さに触れることとしては効果的です。しかし日常的に遠方に出かけることは不可能と感じている方々も多いことでしょう。そのような時には、心を澄ませて自然の音にどれだけ心を向けることができるかを意識して行動してみてはいかがでしょうか。例えば近くの公園に出かけてみることも効果的です。じっくりと耳を澄ませ、じっとあたりを見回してみると、敷地内にある樹木や芝生、小さな虫や空を飛ぶ野鳥、空をゆっくりと流れる雲や青空を仰ぎ見ることで、これまで気がつかなかった世界があなたの目の前に広がってくることでしょう。悩み塞ぎ込んだ心の状態に陥ってしまった時にこそ、私たちの生活の一部にある自然に触れて見てはいかがでしょうか。この世界に生かされている自分自身を感じると同時に、これまで気がつかなかったものが見えてくかもしれません。3、さいごに“視野をひろげる”ことをテーマに進めてきました。簡潔に結論を述べるとするならば自分の求めている方向性をしっかりと見定め、日常から思考を巡らせることです。さらに安易に表現するならば”目的と目標“の設定です。向かうべき方向性が明確であれば、必要な情報が必要な時に集まってきます。さらに思わぬ人との出会いも引き寄せることになるでしょう。このような奇跡と呼ばれるような現象は、私たちの視野が広がったときにこそおこる現象です。成功者や達成者が「こんなに近くに答えがあったのに、どうして今まで気がつかなかったのだろう」と口を揃えて話すように、優れた肉眼力と知識眼力を持っていても心眼力を備えていなければ、私たちの目には何も映ることはなく、気がつくこともできないのです。幼少、少年、青年、中年、壮年、老年期のすべての時代において求められることとして、さらに視野を拡げて人生を歩んでいかれてはいかがでしょうか。 

生命の源への自覚が、能力を開花させる〜墓参にあたって〜

お彼岸やお盆が近づいてくると考えるお墓参り。いつ行けばいいのか考えてみてもなかなか答えが出ません。宗教や宗派によっても違うのかもしれませんし、お坊さんによっては“いつでも思い立った時、都合の良い時にお参りください”と話される方もいます。一般的には年間を通して、お墓参りの回数は16回を数えるといいます。時期と優先順位は「①お盆、②お彼岸(春、秋)、③年末、④命日(祥月命日:亡くなった日)、⑤月命日(毎月の亡くなった日)」の順番になるそうです。しかしながら、こうした年中行事が日本にあることの意味は、仕事に追われ、日常生活の雑事に追われている私たちにとって、忘れがちの亡き親や祖先を思い出させてくれる先人達からの「生活の知恵」になるのかもしれません。日本古来から伝わる墓石の歴史についても様々とあるようですが、今回は「季節の行事」ということのみでは割り切れない意味を追いかけていきましょう。  1、墓はただの石塊ではない日本では縄文時代から死者を埋葬する習慣がありました。弥生時代になると甕棺(かめかん)、木管、石棺などに遺体を納め、埋葬されるようになります。古墳時代に入ると、一部では支配者の権力を示すために巨大な古墳が数多く作られるようになりました。その結果、大化の改新の翌年(646年3月22日)に「簿葬令(はくそうれい)」が発布されます。この法律は、今までのお墓づくりに莫大な規模の費用をかけ過ぎたことへの戒めとして、墳墓の規模や葬儀の儀礼を縮小簡素化するために制定されました。これにより身分ごとにお墓の規模や工事に携わる人数、工期日数また葬具などを細かく規定したといわれています。しかし一方で、一般民衆のお墓はというと、共同の埋葬地に土葬をして、その上に盛り土をしたり手頃な石を置いたり、木の杭を建てていたようです。平安時代に入ってからは、一部の特権階級ではすでに石を加工し、お墓を建てていたことが書物からも読み取れます。鎌倉・室町時代には仏教が広く普及し、戒名や位牌などの習慣も取り入れられました。この頃の日本のお墓の形は「五輪塔」と呼ばれるものです。五輪とは宇宙のすべてを形成する五大元素(地・水・火・風・空)を指します。「人が亡くなると肉体は五大に還元し、死者を成仏させ、極楽浄土へ往生させる」という教えをもとに模られた五輪塔は仏教的な意味を持つ歴史あるお墓の形といえるでしょう。現在、多く使用されている一般的なお墓の形である角柱の三段墓は、江戸時代中期から普及した形です。また、江戸時代になると檀家制度が敷かれ、ご先祖様に対するご供養やご葬儀・お仏壇・お墓などの仏事が生活の中に定着し、庶民の仏教に対する信仰が確立しました。明治維新により、檀家制度は法律上での根拠を失いますが、庶民とお寺の結びつきは強く、仏葬も引き継がれ現在に至っています。また、明治時代になると都市への人口が集中したこともあり、東京の青山霊園をはじめ、大正時代には多磨墓地(現在の多磨霊園)など大きな霊園もつくられるようになりました。このように、お墓の形は様々に変化してきましたが、何千年も前から死者を埋葬し、供養する形は変わっていません。先祖を敬い、生きている人のしあわせを願うお墓は今も私たちの暮らしの中に存在しているはずなのです。お墓を大切にするということは、親祖先を大切にすることと同じです。“今ここ”に私がいます。あなたも“現に存在”しています。この自分自身の肉体と精神というのは、例えていうならば、木を切った時に現れる年輪に示されるように、親祖先から積み重なったものに他なりません。私たちの肉体には、親祖先の魂が宿り、血液を通して脈打っているのです。その自覚が自然と生命の源に深く感謝をさせ、頭をさげさせるのでしょう。この意識が墓参の基になければ、墓石は石塊と化してしまうかもしれません。2、“スナオ”になる入り口「両親に対してスナオ(素直)になり、もし親が他界していれば墓を大切にする」ということは前項から捉えていただけたでしょう。しかし“スナオ”になりたいと思っても、どうしても不平不満がすぐに出て困るということもあると思います。ついつい口答えをしてしまい、あとで「やってしまった…」と後悔をしたり情けなく感じたり、自分が嫌になってしまったりする場合もあるのではないでしょうか。聖人と言われるような知徳に優れ、理想的な人物として崇拝されるような立派な方々はさておき、両親に対して髪の毛一本ほどの不満を持ったことがないという方は少ないでしょう。いや、一人もいないかもしれません。それでいいのです。長所ばかりで短所がなく、完全無欠だとしたら、もうそれは人ではなく神様か仏様です。しかし私たちや両親は人間なのです。中国の思想家、孔子のような聖人でも「心の欲するところに従えども矩を踰えず」と、自分の心に思うことをそのまま行っても、道徳の規範から外れることはないという心境に70歳になってようやく至ったくらいです。それほど難しいことなので、私たち凡人は毎日、腹を立て、愚痴をこぼし、不平不満を持ちながら暮らしても、全くおかしいことではないのです。しかしそうは言っても、無茶苦茶な生活を続けていては、いつまでたっても進歩も成長もありません。だからこそ、私たちはスナオであろうと意識をすることが大切なのです。そして「悪かった」「違っていた」と気がついたら“すぐに詫びる”ことを行動の指標にしていくことがスナオになる入り口となるのです。 3、能力開花の近道 2012年12月1日、NHKのオーディオドラマで『思い出さずに忘れずに』という作品がありました。心が行き違った父と娘が絆を取り戻そうとする様を通して、家族再生を描く作品です。【あらすじ】
何となく世間から愛され許される、得な人生を歩んでいる父。基本的には真面目なのだが、人から頼まれると断りきれない性格で、株や相場に手を出しては失敗を繰り返すという欠点がある。そのため、娘が18歳の時に父と母は別居した。三年前に母が亡くなった時に再会し、以降、細々と付き合っている。娘は、母の死を受け入れられずにいる。あるきっかけでお互いの気持ちを吐露し合う娘と父。やがて、娘はいかに自分が親から愛されていたのか気付き、母の喪失を乗り越えようとする。二人が再び親子になろうとする姿を通して描かれる、家族の再生の物語。
出典:http://www.nhk.or.jp/audio/old/prog_fm_former2012.html 「思い出さずに忘れずに」との言葉は、自分の名前のようなもので、「特別に思い出そうとしなくとも、忘れてはいない」という意味として、両親のことをいったのだと考えられます。前項【あらすじ】に「娘はいかに自分が愛されていたのか気づき」とあるように、子供の立場から両親に対して感じたことが描かれています。実際生活においても、自分の生命のふるさとは両親であることに間違いはないのです。これはわかりきった答えではありますが、認識されていないことが多いようです。ちょうど太陽のありがたさを忘れてしまうようなものかもしれません。「生きている」というのは、大変素晴らしいことです。どんなに惨めで、辛いことが多くても、生きているということは、向上できるということなのです。子供を産み育て、事業を残し、この世になんらかの『生きてきた跡』を刻むことができる。今はまだできていなくても、これからできるのです。自分一代で、何もできなくても、自分の血と心が、子供たちに流れて大きな仕事を成就してくれることでしょう。この素晴らしい存在にしてくれたのが、両親です。これだけ考えてみても両親に感謝せずにはいられないのではないでしょうか。「親心を感謝できない人は何一つできない」という話を耳にしたことがあるなら、それはこのことをいうのです。その両親を思う気持ちが目に見えない「きずな」によって発展し、自分自身の能力が高められていくのです。人間は誰しも生まれながらにして生きる力や物事を成し遂げる力が与えられています。この力は両親を通して、その肉体とともに授けられたものです。頭が良いとか、優秀な技術を持っているとか、一芸一技に優れているとかいうのはその人の努力はもちろんながら、自然に授かった両親からの贈り物であることを自覚すべきでしょう。そして本当に両親を大切に尊敬し、感謝していくときに、眼には見えない「きずな」によって、私たちの能力は高まり強くなっていくのです。そうすれば個性はより輝きをまし、家が栄え、次世代の子供達に受け継がれていくことでしょう。最後に人は互いに支え合って生き、生かされて今があります。これまで多くの愛情を注がれて生かされてきた私たちの生命は、他の人々や物の恩恵を受けてきました。なかでも父母から受けた“生成の恩”、“愛育の恩”を感じることが、私たちに宿った能力を十二分に発揮するための鍵になります。これまでの恩を全て返すことはできないかもしれませんが、私たちは両親に孝を尽くすことからはじめてみてはいかがでしょうか。それは祖先に繋がることと同意です。意識しやすい3項目を最後に提示して締めくくります。① 両親を喜ばせること ② 両親の辛さ悲しさを心から知ること ③ 両親を無条件に受け入れること 直接的な行動ができなくても、心の中で両親を想うだけで伝わるのも親子です。不思議に感じる方々もいるかもしれませんが、私たちの生命は見えない“きずな”によって繋がっているのです。この夏の墓参を機会に、親祖先に対して尊敬と感謝の気持ちを向けてみてはいかがでしょうか。

運命を切り拓く”3ステップ”

はじめに人の一生は人間の力ではどうにもできない、運命は全て決まっているという考え方があります。もしそうであるなら、人の努力は全て否定されてしまうでしょう。そうなるとどんなに練習しても、努力しても無駄なことだと考えて「どうせダメなんだ」というニヒリズムに繋がってしまいます。すると、夢も希望も、生きがいさえもなくなってしまうことでしょう。今回注目する「運命」は、何処かの誰かに決定してもらうものではないということをテーマにしました。幸不幸は自分自身で切り拓くことができるということを感じていただければと思います。もし自分自身が今、不遇な境遇にあると感じているのであれば、本日を転換期として心を転換してみてはいかがでしょう。全てのスタート地点は、何事も受け入れることから始まります。現象化した物事を主体的に捉え、心を整えて“運命を切り拓く3ステップ”を踏みながら次の段階へと進んでいかれることを願っています。1、運命と宿命一般的に「運命観」ということを取り上げると、世界では様々な見方や考え方があるようです。例えば「人生諸般の出来事は、人間の力を超えた大きな力によって引き起こされ、人はその力に支配されている」とする思いは、多くの人々の心中に根付いています。失敗した時「なんて運が悪いんだ」と嘆くのも、運命決定論者に影響を受けていると言ってよいでしょう。姓名判断や四柱推命のような気学を全面的に否定しようというのではありません。大自然の中に存在している人間は、人の力を超えたさまざまなパワーやエネルギーの影響を多分に受けていることは否めないからです。また手相や人相にしてもその道の達人にかかれば、多くの情報を掴みとり、事実を言い当てることが不可能ではないことも言えるからです。しかし、将来の全てが決まっていると思い込んだり、占い師があたかも全てお見通しであるように宣伝するのは度がすぎているのではないでしょうか。運命決定論者に支配されてしまうと、人間は怠惰で無気力な動物と化してしまします。それは「もうとっくに決まっているのだから仕方がない」と自らの努力を放棄してしまうからです。「自分は運命決定論者などではない!」という人でも、何かうまくいかないことがあると、すぐに他者のせいにしたり、場所のせいにしたり、時期のせいにしてしまえば、運命決定論者と変わらない捉え方となってしまします。では、知らず知らずに蝕まれた私たちの心は、どうしたら次のステップに進めるのでしょうか。それには冒頭にも示したように“現象化した物事を主体的に捉え、心を整える”ことが最初の大切なステップになります。心を整える意味でもまずは「宿命」と「運命」の定義を捉えておきましょう。1−1宿命【宿命】…本人の意思や欲求にかかわりなく、置かれた環境や状況に逆らうことが出来ないものととらえられる定め。その物事の存在を認めようとする以上は、構造上避けることが不可能だととらえられる欠点や弱点。 (『新明解国語辞典第6版』)宿命という文字から「宿す命」と読むことができます。どうあがいても仕方のないことがあります。それが宿命と言えるでしょう。自分の意思で、生れた国、民族、性別、両親を選ぶことはできません。また死を避けることもできません。生まれながらに宿っているものですから変えることができないのです。 1−2運命【運命】…その人にとってそのことが以後の人生を左右する上で決定的な役割を果たしたこととらえられるものであることを表す。(『新明解国語辞典第6版』)文中にある“その人にとってそのことが…”の“そのこと”が、今後の人生を左右していく。つまり変わっていくのです。運命との文字が「運ぶ命」と読むことができるように「運」という文字には、動き、移り、巡り、変わるとの意味が込められています。これからどのようにもめぐり変わっていくものであり、変えることができるのが“運命”なのです。以上のことから「宿命」と「運命」は異なるものと捉えることができます。参考までにポイントとして抜き出しておくことにしましょう。【宿命】は 「宿る命」。生まれる前に決まる。変えることができない。避けることができないもの【運命】は「運ぶ命」。生まれた後に決まる。変えることができる。避けることができるもの二つの言葉の違いを捉えることが出来たなら、私の人生は「今ここ」にいる私が作るものとして受け止めていただけるでしょう。運命は決められているものではありません。今ここにいる私たちが作り上げていくものと意識して、行動してみてはいかがでしょうか。2、運命を切り拓くステップ“志のあるところに道は拓ける”との言葉は、数多くの書籍に登場する文章です。理解していてもなかなか前向きな心を作りだすことは難しいものです。ならばまずは行動を起こしてみてはいかがでしょう。例えば「仕事がない」と嘆き、悶々としているだけであれば何も変わりません。であれば家の前を掃除したり、ゴミ拾いをするといった行動を起こしてみてはいかがでしょう。すると私たちの心には、変化がやってきます。その変化を見逃さずに次の手を打っていくことが環境を変える起点となるのです。また、苦しい出来事に「仕方がない」と嘆くのではなく、違う見方を考えてみませんか。“仕方”は命の数だけあります。今は辛い境遇にある人も悲観的にならずに「何かできることがあるのではないか」と可能性を探ってみてはいかがでしょう。もしかすると、小さいことと感じるかもしれません。それでも何かひとつ動いてみましょう。そうした日々の積み重ねが“運”を運び、境遇を変え、うねりとなり、奇跡と呼ばれるような現象を引き寄せるのです。是非ひとりひとりがそうした“奇跡”を掴み取っていただきたいのです。以下「運命を切り拓くステップ」を記していきます。現在の自分に何が足りないのかがわかるので、今後の指標の一つとして活用して見てはいかがでしょうか。2−1決意を固める自分のとるべき行動、態度などをはっきりさせ、その通りに実行しようと決めること。困難や反対があっても、最後までやり抜こう、または絶対にしないという心を持つことです。そのためにも具体的で明確なビジョンを持つことが大切となります。イメージを鮮明にさせ、白黒セピアのような映像ではなくカラー映像のような明確なイメージを描き、心を整えましょう。2−2チャンスを掴むチャンスを掴む人は世間に溢れる情報をそのまま鵜呑みにはしません。先に記した“決意”を固めた人間にこそ明確に掴み取ることができるのです。物事を始める理由や根拠が明確になっているからこそ、色々な可能性を感じて手を伸ばすことができるものです。目の前の出来事や情報について考えられる人が、チャンスを逃さずチャンスを掴む人となるのです。もし掴むことに苦戦しているのであれば、決意が弱いのかもしれません。いかなる状況においても揺るがない心の強さを、しっかりと磨いておきたいものです。2−3貫き通す最初の考えや態度を変えることなく最後まで持ち続けることをいいます。よく耳にする言葉として「信念を貫き通す」という言葉があります。これは勝手気ままを通す“我儘”とは意味合いが違います。我儘とは、いわゆる「自己中心的」である状態をさします。周囲の人々や相手のことを考えず、自分だけが良ければいいと考え、なんでも自分の思い通りにならなければ気が済まないということですから、意味が全く違うのです。最後に「運命を切り拓く3ステップ」の段階は「①決意を固める→②チャンスを掴む→③貫き通す」の3ステップです。しかし段階を踏まえてもうまく物事が進まないケースもあるようです。そうした現象が起こるのは、行動とともに心の強さと方向性が関係しています。私たちの心の状態は変動しやすいものです。それが自分の勝手気ままのためにのみに設定されていると、奇跡のような物事は訪れないので確認してみるといいでしょう。運命を自分の力で招こうとしても「今ここ」にある自分と、その境遇を否定していては、臨んでいることは実現しません。まず全てを受け入れる姿勢に立ってこそ、運命を切り拓く力は発揮されていきます。そして今自分がおそれている場所に意識を向けることです。私たちは常に場所を変えながら生活し、業務に精励しています。しかしその場その場での立ち位置はどうでしょうか。個人として、家庭人として、職場人として、地域人として、その時と場合によって立ち位置が違うように、明確な位置を意識して参画しなくては、物事はちぐはぐになってしまいます。しっかりと位置確認を行い、焦らず着実な一歩を踏み出せば確実に運命は拓けてくるのです。運命は誰かに決められたものではありません。今ここにいる私たちが創り、引き寄せる現象だということを念頭に置いて、3ステップを踏んで行かれてみてはいかがでしょうか。

物事がうまくいかない時に意識する「その時その場」

はじめに私たちは常に時間の経過の中で、場所を変えながら生活しています。つまり、時間と場所の交差する一点に存在しているのです。それ以外には存在しようがないのですが、日常生活において、私たちはその存在を忘れているのではないでしょうか。 「二兎を追う者は一兎をも得ず」という諺もあるように、欲を出して同時に二つのことをうまくやろうとしても、結局どちらも失敗するとの意味は言わずとも知れたことわざです。 現在、マルチタスクが素晴らしいと聞くこともありますし、何かをしながらことを成そうとする「ながら生活」を推奨する傾向にもあるようです。しかし実際のところ、効果はあまり臨めないようです。 その理由の一つとして、「心ここにあらず」状態であるから物事が進まないのではないでしょうか。周囲から当事者をよく観察すると、何かに気を取られて目下の事案がおろそかになっている様子で、それは集中力が欠けた状態であることが確認できることでしょう。 日常生活の中でも「新聞を読みながら食事する」姿を見ると、新聞に夢中になって、食べる方がおろそかになり味などわからない…。食事に夢中になると新聞が読めなくなるなど…。このように、私たちはひとつのことにしか意識は向かないということについては、日常生活を振り返るとよくある風景のように思います。 今回注目したい内容は日常生活の中にある「その時その場」を意識して「その一瞬に全力集中」する方法です。あたりまえの内容のように感じるかもしれませんが、改めて見つめることで自らの生活に“節度”と“更なる充実”を感じていただけると思います。 1、生命の存在を意識する私たち人間は、過去から未来へ流れる時の中に生きています。しかも一点にとどまることはなく、絶えず場所を変え、移動しながら生活しています。 私たちの生命が存在している“点”は「その時その場」に限られています。そして、その“点”の積み重ねが“線”となり、“面”となって拡がっていきます。 或る一定の成功を収めた人物の話や、物事を達成に導いた先人たちの話に耳を傾けていると、私たちは“面”にばかりとらわれ、“点”を見つめていることがよくあります。そうなると成功の道筋から離れ、嘆き苦しみ落胆することも少なくありません。 実は、私たちが見つめなくてはならない本当のポイントは“点”なのです。「今」の一瞬一瞬に私たちの生命はあり、今いる場所で「全力集中」した生き方が、自分自身の生命を輝かせる生き方となるのです。 2、全力でその時その場に臨む  「その時その場」を意識して「その一瞬に全力集中」することが功を収める秘訣であることは理解しているでしょう。にもかかわらず、なぜ物事はうまく運ばないのでしょうか。さまざまと考えられることはありますが、ひとつあげるとするならばあなたが、優秀すぎるからかもしれません。 不思議に感じられる人もいるかと思いますが、優秀な人ほど大事なことを見分けられなくなることが多いのです。その理由に、断ることを極端に嫌う風潮にあると考えられます。また優秀な努力家が陥りやすい失敗の道筋には次の順序があります。 第1段階「目標をしっかり見定め成功へと一直線に進んで行く」第2段階「成功した結果『頼れる人』という評判を得る」第3段階「やることが増えすぎて時間とエネルギーがどんどん拡散される」 第4段階「本当にやるべきことが出来なくなり、方向性を見失う」 第5段階「規律なき拡大路線に陥り失敗する」 (『マンガでよくわかるエッセンシャル思考』かんき出版参考) 第1段階と第2段階の流れであれば、多くの方が実践されている道筋でしょう。しかし第3段階に入る手前に分岐点があることに気がつかずに進んでしまうからほころびや崩壊が始まります。そして結果的に第5段階へ行き着くのです。 第5段階でいう「規律なき拡大路線に陥り失敗する」というところでは、アメリカの有名なビジネスコンサルタントであるジム・コリンズが、著書『ビジョナリーカンパニー3衰退の5段階』(日経BP社)のなかで、成功した企業がいかに衰退するかを分析しました。コンリンズによると、失敗の主な理由は企業が「規律なき拡大路線」に陥ったことだといいます。 つまり、多くを求めすぎたために衰退していったということになります。このことは企業だけの問題ではなく、そこで働く個々人にも当てはまります。人に頼られ、さまざまな依頼をこなすことで成功してきたという体験から、そのやり方が正しいと信じてしまうケースです。 それまでの正しいと思っていたやり方を変えることは難しいことです。しかし失敗の道に落ちた時ほど、場面転換をする好機はありません。 冒頭の文章で「二兎を追う者は一兎をも得ず」と触れたように、私たちは複数の条件を同時に満たすことが出来ないのです。仮に出来たように感じていることでさえ、簡単なミスが出てくるのは集中力に欠けた状態を具現化しています。 すなわち物事をひとつに絞って取り組むことが、質を高め良好な結果をもたらすことになるのです。 というものの私たちの思考は「どうずれば両方できるか?」と考え始めます。これこそが間違った認識です。 全てを優先しようとするのは、何も優先しないのと同意です。さらに「何を諦めたら良いのか?」ではありません。「何に全力を注ぐのか?」と、考え方を切り換えることです。小さい違いかもしれませんが、積み重ねることで人生に大きな差がついてくるのです。  3、日常生活でできること日常生活の中で、私たちにできることは何があるでしょうか。それは「あたりまえと感じることでさえ、しっかりと受け止めて全力で取り組むこと」です。 その当たり前のとつひとつをしっかりと受け止めて全力で取り組むことで、これまで見えなかったことが見えてくることでしょう。 以下は日常生活でよくみかける「その時、その場」を切り取り列挙しました。“ものは試し”と意識してやってみてはいかがでしょうか。 3−1目が覚めた時毎朝の目覚めについて「必要があって目が覚めた」とみて、目が覚めたらそのまま1度起き上がって、周りを見回してみましょう。もし起床するには早すぎるようであれば、見回した後に改めて眠りに入れば良いのです。また早起きに挑戦しようとしている場合は、狙った時間まで1時間を切っていればそのまま起きてしまう方が良いでしょう。二度寝をしては、狙った時間に起きれないどころか、1日を後手で過ごすことになってしまいます。気をつけていきたいものです。3−2食事をする時食卓にご馳走が運ばれてきたら、食事の時間が始まります。「いただきます」の挨拶で良く噛みよく味わいながらいただきましょう。そして「ごちそうさま」の挨拶で食材や調理者に対して感謝を表しましょう。 テレビや新聞、雑誌を見ながら食していたのではせっかくの食事を味わうことができません。しっかり、食事に意識を向けて味わいましょう。 3−3車を運転する時ハンドルを握り、走り始めたら、うっかりなどということはできません。正面を見て運転に集中し、道路標識や周囲の車、人に心を配っていないと危険が伴います。もし考えごとをしながら運転をするようなことがあれば、信号無視や交通事故が起こっても不思議はないのです。しっかり意識を向けて、丁寧に運転しましょう。3−4仕事をする時経営者、会社員、主婦を問わず仕事に取り掛かったら、しっかり意識を向けて魂を打ち込んで精一杯にやり抜くことが大切です。気を抜いていたり、ぼんやり働いているようでは思いもよらない失敗や事故を招きかねません。 3−5休憩する時 心も体もゆっくりと休めることが大切です。休む時に思い切って休めない人は、仕事もいい加減になりがちです。仕事をしながら休むことを考えたり、休憩しながら仕事のことが気になっていては、どれも中途半端となってしまいます。休むときもしっかりと休むよう意識してみましょう。3−6寝る時“寝てまで心配する”ということが昨今では多いようです。寝る時間がきて、布団に横になっても、考え事を続けたり、テレビを見たり、寝タバコをしたりする人がいます。そういった人は寝つきが悪いばかりでなく、朝の目覚めも悪くなります。布団に入ったら、何も考えることなく心と身体を休めることに専念してみましょう。そうすることで熟睡できるだけでなく、翌日の働きも活発となるのです。最後に「その時その場」の意識を明確にすることは、生活に“節度”をつけることになり、“更に充実”した毎日を送るための秘訣です。そして同時に自分自身にとっても、その時その場を全力集中して生活していることで、心の満足感や達成感を得ることにつながります。 今日1日を悔いなく生きることが、一月を作り、一年を作り、自分自身の一生を築きあげることに繋がっていきます。それは人生に於いて無上の喜びとなるでしょう。 全力で生きる心得は、小さな私利私欲を捨てた日々の行動に鍵があります。簡単で意識しやすい標語として「働きの心得」を提案し、終わりとします。 「は」…ハツラツとした返事 「た」…たのしいことを見つける 「ら」…らくらくとした身のこなし 「き」…きびきびとした行動 どれかひとつ心がけながら、日常の生活や業務に意識的に盛り込んで生活してみてはいかがでしょうか。意識しただけで今まで気がつかなかったものに出会えることでしょう。 その“気づき”こそが転換点です。新しい一歩を踏み出していきましょう。  

”きく”を意識して、レベルアップしよう!

 日常生活の中で“きく”を意識して捉えようとすると、多くの人が耳から入る“きく”を連想することでしょう。 これから展開していく「きく」も耳から入る“聞く”から始めていきます。 パソコン・スマートフォン・タブレット等の端末が発達する中で、改めて辞書を紐解いてみると様々な「きく」に出会えます。さらに今まで気がつかなかった文言に出会えるものです。 今回は5つの「きく」をキーワードに、日常実践的に使える“きく”を取り上げてみました。表記の都合で1段階〜5段階表記で進めていきますが、どの段階においても意識を向けるだけで多くの情報が手にすることができると思います。 日常生活の中で少しだけ意識してみてはいかがでしょうか。
“五感”に含まれている“聴覚”我々に備わる五感には「視覚」「聴覚」「触手」「味覚」「臭覚」があります。全ての感覚を覚醒することによって、多くの情報を分別し判断することが出来たら素晴らしいことです。しかしそれはなかなか難しいことのようです。 五感を覚醒させるためには、まず心を磨くとともにそれなりの経験を積み重ねなければと想像されるでしょう。すると「あっ無理だ」と投げだしてしまう方もいるかもしれませんが、今回注目するのは困難な修練を積むのではなくて少し意識を持つだけで掴むことができる“きく”に注目してみたいのです。 第1段階目の“聞く”【聞く】…音や声を耳で感じる(知る)。または情報を確認すること
(『新明解国語辞書』第6版) 音や声を耳で感じるとのことは非常に興味深いですが、「情報を確認する」ことに注目してみましょう。 日常生活の中で活用している“情報を確認する”ことは、「報告・連絡・相談」事項の中にあります。そして日常的に活用しているツールです。 そして“報連相”のひとつひとつは、その時その場で情報を確認していることに他なりません。以下「報告・連絡・相談」について確認しておきましょう。 「報告」であれば、過去のことを確認します。ある任務や業務を与えられた人がその経過や結果を述べることを捉えます。 「連絡」であれば、現在のことを確認します。気持ちや考え方などを知らせること、情報などを互いに知らせることを捉えます。 「相談」であれば、未来のことを確認します。視点は「これからどうしたら良いのか」という点に注目し、問題解決のために話し合ったり他者の意見を聞いたりすることを捉えます。 過去(報告)、現在(連絡)、未来(相談)を確認し、それぞれについて「承認」を得るということがわかれば、自分勝手な私情雑念を挟んで情報を提供することは不要であることがわかります。 はじめに「聞く」ということは「確認すること」だと伝えたように、家庭・職場・地域等の場面で、人との繋がりを持つ私たちにおいて重要なことだと捉えることが出来ます。 つまり“聞く”の段階で意識するのは「相手の求めていることを確認すること」が重要なのです。自分の都合の良い回答をするのは、私情雑念を織り交ぜて弁解や弁明、ゴマすりのような回答にしかならないのです。さらに誤った情報でトラブルが起こる元はここにあったりします。気をつけたいものです。 第2段階目の“聴く”【聴く】…聞いた内容を理解して、それに応じる
(同前) 相手(発信者・話し手)の情報や想い、考え方を自分なりに理解して受け止め、それを相手に確認し、承認を得た状態を“聞いた”と定義するとどのように動き働きかけていくのか。ここが第2段階のポイントになります。 そして「聴く」という漢字が含まれる「傾聴」「拝聴」「聴講」等の熟語は日常生活の中でよく活用していますが、その時の心の様子はどうでしょう。 実は心の中で「聴くにあたいしない」などという心が動き出すと厄介なのです。相手が発している言葉が全く記憶に残ることがありません。 自らの心に邪魔なフィルターが出現して捉えるべき情報を掴むことができないという現象を引き起こしてしまうのです。 そうした現象を引き起こさない為に、相手の話を“聴こう”とする「意識」が必要になるのです。つまり聴く「目的」を明確にすることです。 そして「ついでに」という話をださないことです。話が重要であればあるほど戒めたほうがいいのです。厳しい表現をするなら“無駄な時間”となるでしょう。なぜなら“きく”ための心の準備がなされていないからです。もし、ダラダラとした時間を使うことなく、目的を達成することができたのであれば、そのままさっぱりと終わらせることが大切なのです。 聴く「目的」を明確にすることで心構えはできました。次はひとつの技術として「訊く」ことに注目していきましょう。 第3段階目の“訊く”【訊く】…相手への質問、問いかけという意味
(同前) 仕事でもプライベートでも「あの人と、もっとコミュニケーションが取れたらいいのに…」と思う相手はいないでしょうか。 頭で分かっていても、そうしようと思っていても、いったい何から始めていったらいいのかよくわからない…。 話しかけてみてはみるものの、そして何となく会話をしたものの、でもその人との距離が縮まったとは、あまりに思えない……。 そんなふうに思うことはないでしょうか。人間関係を構築していくことは非常にむずかしいと感じている人は少なくないようです。 

「成功・達成のための5ステップ」

 私たちは日常生活・職場生活の中で、方向性を見出して生活しています。喜びいっぱいに段階を進めることが出来れば素晴らしいことです。しかし実際は上手くいかないことの方が、多いようです。 上手くいかない理由は、様々と考えられます。しかし今回は多くの内容に触れるよりも前に、これまで積み上げてきたことに焦点をあてて進めていきます。 テーマは「成功・達成のための5ステップ~今どこにいるのか~」といたしました。窮地に立たされている人にとっては、打開策を見出すきっかけとして使っていただきたいです。また順調に出来ている人は、さらなる成功や飛躍が出来るように、これから強化していかねばならないところのあぶり出しに利用していただけたらと感じています。 1、うまくいかないスパイラル そもそも、なぜ上手くいかないのでしょうか。それは「がんばって、頑張って、ガンバって」力が入りすぎることにより、視野が狭くなり、周囲の情報を掴むことが出来なくなるとのケースがあるようです。 どなたでも一度は経験のある「ビギナーズラック」という現象は、ものごとを深く知り、情報を集め、精査した上で起こる現象ではなく、初心者だからこそ得る幸運です。さらに心の状態を見つめてみると、リラックス状態であるといえるでしょう。 私たちの日常生活や職場生活のなかで、常にリラックス状態を作り出すことは難しいことです。なぜなら私たちは「多くの経験と知識と情報をもとに精査し、さらに短時間で行動を繰り返し、最良の結果を収めていかねばならない」といった意識が強くなるからです。 このように負のスパイラルに巻き込まれてしまうと、抜け出すことは容易ではありません。その場所から離脱するなどの強硬手段もありますが、何とかそこで踏みとどまってやり遂げたい、と願っている人も多くいることでしょう。
拙著もこのスパイラルに捕まり、ズルズルと陥ってしまった一人として、新しいものを探求しつづけていました。今回はその打開策の中からひとつをお届けしようと思います。 2、成功・達成の5ステップ これからご紹介する内容は、日常生活や職場内で活用できる考え方の一例です。すでに何らかの形で動いている方々もいるかと思いますので“念のため覗いてみる”程度の感覚で読み進めてみてもいいと思います。 するとこれまで様々な経験や体験をしてきた皆さんにとって、何かしら気になる点が出てくることでしょう。その時には「ものは試し」と実行してみてください。これまでにない解決の糸口が見いだせます。 そして、気を付けなければならないのが「慣れ」です。慣れてきたときに、思いがけない落とし穴へと落ちてしまう。それは自分自身の力が落ちてきたわけではありません。少なくなってきたからではありません。出来てしまうからこそ陥る落とし穴なのです。 多くのことに手を伸ばしすぎて自分の力が分散されてしまっているから、うまく事が運ばないのです。「いま、ここ」とのことを意識して、分散させてしまった自らの力を不足しているところに注いでいきましょう。必ず壁を乗り越えられるはずです。 以下、5ステップを提示していきます。すでに知っている言葉が並びますが、あえてポイントとなる言葉について辞書を引きました。改めて意味を知り「どこに意識を向けていったらよいのか」も含めて見つめていきましょう。 2-1、目的を明確にする 【目的】…行動を始めるに際して、最終的な成果として期待し、その実現に向かって努力しようとする事柄。(『新明解国技辞典第6版』三省堂) 先ず目的目標を明確にすることです。改めて辞書にある言葉の意味を踏まえると、明確に設定できていないのではないか、と疑問を持つこともあります。さらに目的設定で意識しなければならないことは「何のためのするのか。誰のためにするのか」というところも見落としてはいけません。 極端な例として、自分だけが幸福になればいい、自分だけが成功すればいい、との意識の目的設定では、誤った方向に進んでしまいます。よく聴く“3日坊主”は、目的設定にズレがでていることを現象化しているのかもしれません。
成功達成への目的設定には、人のためにと一心に念じること、さらに他者から受けた恩に報いるような心で設定することが大切なのです。 自分自身で設定している目的を、再度見直してみてはいかがでしょうか。  2-2、準備を完全にする 【準備】…いざという時に備えて(起こりうる条件を予想して)同じ状況で軽く試みたり必要なものをそろえておいたりすること。
(同前) 目的目標を定めたら、次に準備です。必要なものを揃えておくことは、上記の言葉の意味からも理解できます。職場内に置き換えてみると、設備や資本がこちらに該当します。 また大切なことは、表面上の備品に限りません。仕事を完遂するためには、チームやグループの意識統一が重要なカギを握っているのです。もしも反対意見を持った人がいて、そのまま放っておいたりすると、チームワークはその部分から崩れていくので注意せねばなりません。  2-3、順序を守る 【順序】…一連の物事において、始め(そのまえ)に何が、その次には何が位置するかという、あとさきの関係 (同前) 
準備が整いましたら、順序を考えます。どのような順序で処理を進めていけばよいのかは前後の処理事項によっても異なります。先の準備において、人材・金銭・物品が完全な状態で揃ったとしても、順序を考えていかなくては秩序が乱れて成果にはつながりません。さらに準備品に不足が起こり、余計な手間が掛ってしまうことを忘れてはならないのです。  2-4、方法を確認する 【方法】…目的を果たすための(計画的に考えた)やり方
(同前) 
いよいよ行動に移ります。そこで必要なことは方法です。目的を明確化し、準備を整え、順序を完全にしたところで、方法を確認します。このとき陥りやすいことは、方法ばかりに意識が向きすぎて、目的を忘れてしまうことが多い点です。 ここまで積み重ねてきたことも、方法を間違えてしまうと誤った方向に進んでしまうものですから目的を今一度確認し、実行に移していくことが重要となります。しっかりとした決意を持って進めてまいりましょう。 2-5、始末を完全にする 【始末】…あとに面倒がおきない(他人に迷惑をかけない)ようものごとの決まりをつけること
(同前) 最後は、ものごとを実行に移した後の締めくくりです。始末することは、後始末ともいわれます。この後始末には、人との関係性をより親密にする効果があるのです。さらに次回のスタートをスムーズに行うための準備としての捉え方があると忘れてはいけません。 そして自らの行動に終止符を付けることは、想いを後に引きずらないだけでなく、相手にも好感の持たれる行動となるのです。しっかりと後始末をする習慣を身につけ、次々とやってくる案件に対し、喜んで迎えていきましょう。 2-6、チェックシートについて 5ステップの流れと細分化したいくつかの項目について、自分自身がどの程度の認識と信念があるか省みて、日ごろの行動の一部にしてみてはいかがでしょうか。 セルフチェックは5段階評価(1不足~3まあまあ~5充分)。自己診断を主眼としていますので、6か月に1度の間隔で繰り返しチェックをし、自らの心境の向上を楽しみながら日常の努力を重ねてください。そうすることでお金を掛けずに「心」の変化だけで、多大な効果が得られることに気がつくことでしょう。 ※以下のシートは、自分自身の心境を磨くきっかけを見つけるために考案したオリジナルチェックシートです。他所の転用は禁止といたします。よろしくお願いいたします。  2-1目的を明確にする…「   」 2-2準備を完全にする ①両親を大切にしていますか。…「   」 ②夫婦仲良くされていますか。…「   」 ③目的に向かって歩み全員の心が一致していますか。…「  」 ④目的に対して、燃えるような希望と情熱を持っていますか。…「   」 2-3順序を守る ①高齢が先、若年は後。先人に意見を聴き、そのうえで決行していますか。…「  」 ②払うべき金は時をおかずに、惜しみなく支払っていますか。…「  」 ③自然に順応した、規則正しい生活できていますか。…「   」 2-4方法を確認する ①チーム内の意識統一がなされ、ひとりで呼吸するようになっていますか。…「 」 ②こまめな検討是正が行われ、足並みがそろっていますか。…「   」 ③喜んで、進んで行動に移していますか。…「   」 ④初志(仕方・考え方)を曲げずに、まっすぐに進んでいますか。…「   」 2-5始末を完全にする ①結果がわかる前に、緊張を緩めていませんか。…「   」 ②礼状や挨拶、報告などの区切りを先延ばしにしていませんか。…「   」 
(「成功・達成のための5ステップチェックシート」汪夕龍2017年6月) 3、やってみることから始めましょう。 何事につけても、裏付けをとることを忘れないことです。多くの情報の中で生活をしている私たちは、気が付かないうちに情報の波にさらわれていることがあります。 右か左か前か後か上か下か…気が付いたら周りが全く見えない状態に陥ってしまうと、何を信じて進めばいいのかわからなくなってしまいます。そのような時は、まず自分を信じてやってみることです。 「これで間違いがない」「大丈夫、出来る」との想いは、行動しなければ培われません。これまで自分の目で見て、耳で聴いてきたことを、身体でやってみることが大切なのです。このことを繰り返すことによって「間違いない」「これで大丈夫」ということがわかってくるのです。そして揺るぐことない信念へと変化していきます。 手探りでもいいので、やってみてほしい。ひとつ行動を起こせば、何かに気が付く。修正して行動すれば、また新しいステージへと登ることが出来る。そうした積み重ねが明日の、未来の自分を構成していくのです。 そして、その時に感じた喜びを家族や友人、会社の同僚などと共有してほしい。誰かに話すことによって、あなたの貴重な体験は大きな力となって周囲に伝わるのです。 先ずは試しに、チェックシートを使用することで見えてきた不足箇所の強化に努めてはいかがでしょうか。   

「かく」ということを考える。

私たちは日々「かく」動作を通して、日常生活や業務をしています。

そのほとんどが「書く」といった動作でしょう。しかし表記を「かく」といった “ひらがな”表記にすると、とらえ方は拡がりを見せてくれます。

例えば目標物や目標値に自分自身が立った姿をイメージするだけでなく、達成時に感じる喜びや、達成感を明確に「描く(かく)」ことが出来ると、不思議なことに自らもその手本とする人と同じ動きが身につくようです。 それはスポーツ選手が行なうイメージトレーニングのように、日常生活において自らの目指すべき姿を「描く(かく)」ことから自然と身についてきたからだと考えられますが、これだけではありません。

明確に「描く(かく)」ことが出来るからこそ、やるべきことが明確に現われ、行動に移すことが出来ます。 つまり私達は知恵を絞り「画く(かく)」(計画)ことを自然の流れの中で行なっているのだと考えられないでしょうか。 目標を掲げ、達成する為には様々なことを複合的に行なっている私達です。

上手く物事が運ばない時、循環しない時にこそ、その内容を少し分解して、思考を巡らせることで、再構築できることとなるでしょう。  その第一はやはり「書く」こと。さらに「描く」ことで「画く(かく)」ことに繋げる。すると優先順位をつけやすく、イメージ通りにことが進むのです。

何を始めるにも「書く(かく)」ことがスタートラインとなるのです。パソコンやタブレット、スマートフォンなどの電子機器に打ち込むことよりも、紙にペンを持って「かく」ことをしてみてはいかがでしょうか。

思いをのせた一筆に、真剣に向かい合う大切さを考えさせられる日々が見えてくることでしょう。